パンフレット 2012年の7月24日で「四日市公害訴訟」判決の日から40年を経過しました。
 学校の教科書にも掲載され、「四大公害(訴訟)」ともいわれる大きな出来事です。石油化学コンビナートの排煙が大気を汚染し呼吸器疾患を患う多くの患者が発生し、関連企業六社が発生源として裁かれました。その裁判のお陰で四日市の環境はずいぶん改善されました。
 この夏の小学生の自由研究には、たくさんの子どもたちが『四日市公害』を取り上げていました。四日市公害を自主的に学習しようとする子どもたちがいることをとてもうれしく感じました。しかし、公害を知ろうとするときに、さっと手に取ることができるパンフレットは、大人用のものしかありませんでした。語りべの方からも、子どもたちが知ろうとするきっかけとなるパンフレットがほしいと言われていました。
 そこで、市民塾から小学生向けの「知ってほしい!『四日市公害』のこと」というパンフレットを作成しました。四日市公害の原因となった亜硫酸ガスのことや空気の汚れを初めて裁いた四日市公害裁判のことなどをわかりやすく掲載しました。このパンフレットをきっかけとして学習を進めてもらえたらと思います。

 

 birakubari四日市公害と人権を考える授業を実践したときに使われた一枚の写真があります。コンビナート企業で働く女性が塩浜駅前で、公害反対のビラを配っているものです。授業は、コンビナート企業で働く人の葛藤を考えさせることで、子どもたちの生活を振り返らせるという実践でした。
 この女性が配っていたビラの内容がずっと気になっていましたが、「公害トマレ」の11号に掲載されていることを教えていただきました。さらに、「新聞が語る四日市公害」には、「被告企業内から初の告発」との見出しで書かれた朝日新聞の記事が紹介されています。新聞によると、被告企業で働くこの女性は、45年10月に入社しましたが、会社が被告企業の一つであるということは知らなかったそうです。それが、「公害市民学校」に参加することで、公害のことを学んでいったそうです。さらに、患者さんと接するうちに、企業で働く自分自身や訴訟に無関心でいる仲間への疑問がふくれあがり、一緒に働く仲間に訴えたいという気持ちが大きくなったと紹介されていました。
 また、語り部の方が、資料を整理する中で、その後のビラがあることがわかりました。

「・・・公害発生源で働く私たちにとって、『かかわりのないこと』ではすまされないのです。『会社に働いている以上仕方がないじゃないか。』-ほとんどの人がこう言います。
 本当にそうだろうか。では、『苦しい、助けてくれっ!』と言って死んでいった人たちの命は、発作が起こるたびにのどをかきむしり、死の影と格闘する患者さんたちはいったいどうなるのでしょう。『仕方がない』とあきらめるしかないのでしょうか。・・・」

 見つかったビラの中には、他のコンビナート労働者が作成したビラも残っていました。
 貴重な資料をいただきましたので紹介します。

  四日市公害資料館(仮称)の設置が予定通り進むかどうか危ぶまれています。なにより、四日市公害は、塩浜地区だけの問題ではないのですから、地元自治会の反対に対して、市側がどのように動いていくのか注目しています。

記録「公害」のガリ版文集  さて、判決40周年にむけて、市民塾を始め各方面で、判決の意義を考えたり、振り返ったりする催しが計画されているようです。一昨年より、市民塾では、澤井さんが撮りためた写真を電子データ化してパワーポイント等で加工し、語り部の説明などで活用してきました。また、それらをもとにして四日市公害を学習していくための教材作りを進め、取り組みの提案や具体的な実践をしています。
  そこで、これらの資料や教材、これまで市民塾が作成してきたガイドブック等を、「学習ボックス」として整理し、貸し出しができるようにしてはどうかと考えています。この「学習ボックス」があれば、学習教材がひとそろえあり、この「ボックス」の中から教材を選んだり、考えたりできるものを目指したいと思います。「学習ボックス」の中に入れるものとして考えているのは以下の通りです。中には、関係機関の了解を得る必要があるものもあります。こんなものがあればいいという提案がありましたら、ご連絡ください

自らの思いを語りながら……。
3月17日(土) 四日市公害訴訟判決40周年プロジェクトである「四日市公害連続講座」が始まりました。サブタイトルは「本当にありがとう。そして未来の ありがとうのために」。 「なたね通信」 の主宰者・26歳の若者であDSCF3689る榊枝さんが自ら企画し、自ら取材し、自ら語るというユニークなスタートとなりました。祖父の代からの四日市との縁や父親の職業。そして自分の幼少期の磯津海岸の思い出を導入部として、大学における学び始め。環境問題と出会い「水俣」「アスベスト」などの事件を知る。これらがきっかけとなって「四日市公害」に取り組むようになった 等々 素直な語り口で参加者に訴えかけていました。また四日市公害の中身も簡潔におさらいをしました。
休憩を挟んで約2時間弱でしたが、学究的でないだけに却って分かりやすい内容となりました 参加者は32人(用意した席は満席)、ほとんどが彼より年長者ですが、質疑応答では「がんばって!」との雰囲気でした。特にもとコンビナート社員という方からは「11回全部出席するから」との励ましがありました。またゲストとして参加してもらった野田さんから「若い人が取り組んでくれてうれしい」、澤井さんからは「自分とは違う流儀だが頑張ってほしい」との言葉がありました。次回は4月14日(土)午後です。いよいよ四日市公害の歴史を学んでいくことになります。さい先よいスタートでしたが本番はこれからです。皆さんヨロシクお願いします。

  市民塾活動あれこれ
◎報
 ①石原産業工場見学  ②四日市公害解説ボランティア養成講座 ②公害学習いろいろ(各小学校・ICU・四日市市人権大学・鈴鹿高校)・・おおむねここまではHPに報告済み。 
◎話し合い事項・・・(1)新聞記事をめぐって ①毎日「工場夜景を観光資源に」-斎藤彰一[四日市商工会議所会頭] ②中日「波の詩・なぜ今なのか」ー福岡範行[中日記者] (2)公害資料館をめぐる動き (3)東海TV「青空どろぼう」上映助成 (4)今後の取り組み[四日市市人権フェスタ 同環境フォーラムへの出展]
◎勉強会 DVD「白い霧とのたたかい」(1967作・30分」鑑賞

《解説》
その1、 「青空どろぼう」上映会
-鈴鹿高校PTAが研修の一環として開催。同時にロビーでは四日市公害写真展も開催し上映前と休憩時間には市民塾が解説。上映後は参加者との質疑。2011_11260014メンバーは澤井・山本及び東海TV阿武野プロデユーサー進行は伊藤で。多彩な顔ぶれの発言があり約1時間、なかなか充実していました。参加者は約70名程でした。
その2、「白い霧とのたたかい」もう44年も前の8㍉映像ですが、新鮮な迫力で迫ってきます。霞ヶ浦海水浴場での楽しそうな風景、そして当時静岡県三島で起きたコンビナート建設問題に対して現地の人々が「第2の四日市にするな」と猛烈な反対運動を起こし、計画をストップさせたこと等々印象深い映像です。それにしてもどうして四日市では三島のような反対行動が起きなかったのでしょうか。なぜムザムザと海辺を放棄してしまったのか?学び直しの必要があるようです。