公害トマレ』を紹介します

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市民塾五月例会の勉強会テーマは「四日市公害裁判」でした。阪倉氏からのリポートはパワーポイント駆使、まさに当代風のビジュアル作品でしたが、その中で公害訴訟を支えたグループとして「四日市公害と戦う市民兵の会」が紹介されました。ずいぶん古いことなのでここでも少し触れてみたいと思います。訴訟提起が1967(昭和42年)9月1日(第1回口頭弁論が12月1日)ですが、その二年前に「市民兵の会」はスタートしています。既成の政党や労働組合からは離れて、自主的に公害患者の「助っ人」として動こうという集団でした。ほとんどが学生・教員・官民労働者など学校や職場の異なるメンバーです。そして、この「市民兵の会」が機関誌として発行したのが『公害トマレなのです。71年2月のテスト版(0号)を経て4月に第1号を発行。それ以来1979(昭和54)年7月の100号まで続けられました。足かけ12年になるのですが、実は判決が出てから7年間も継続していたわけです。公害訴訟を支持する会が判決翌年には解散していることを考えると、相当長い期間「四日市」に関わり続けていたことになります。
『公害トマレは』その後何回か特別版を出しているのですが1982年以降途絶えています。しかし、判決35周年の2007(平成19)年、日本図書センターの民衆史資料シリーズの一環として復刻版が刊行されました。『「四日市公害」市民運動記録集』全4巻で本編より少し縮小されていますが貴重な資料だと思います。総額8万4000円+税 と値段は張りますが公立や大学図書館が備えてくれています。四日市へお越しの際は四日市市環境学習センターにもあります。
今回の写真は第11号(72/2/20発行)で表紙写真は当時日大芸術学部在学中の和田久士さん(現プロカメラマンとして活躍)の撮影です。結審(2月1日)直前の第53回口頭弁論(1月25日)の原告入廷の様子です。故人となった今村善助さん・瀬尾宮子さんの遺族が遺影を抱いての入廷です。後ろには支援部隊やマスコミ諸君が控えています。四年半に及ぶ長い裁判がようやく終わろうとしている記念すべき一枚といえましょう。

○ 追記:6月11日(土)「脱原発100万人アクション世界同時行動」東海では名古屋・岐阜・浜岡・津・伊勢で開催されます。ぜひご参加ください。