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四日市港開港百年史平成12年・四日市港管理組合発行)

四日市公害の歴史を考える上で貴重な文献があります。公害は産業活動の発展とともに発生した近代的な産物ですが、そこに至るまでの「前史」のようなものが存在します。四日市の場合、穏やかで魚種豊富な伊勢湾に恵まれながら、今日のような海岸線を工場群で埋め尽くすにことになったわけです。こうした流れについては『四日市史』が膨大な資料でまとめていますが、この『百年史』は海に焦点を絞っていて興味深いものがあります。

四日市港の起源は古文書によれば室町時代にもさかのぼるとあるようですが、ポイントは明治時代以降 稲葉三衛門の改修工事にあると思われます。皮肉なことに「良港」を得た四日市はそこを拠点にしての工場立地に邁進することになります。さらに太平洋戦争への突入とともに実行された海軍燃料廠の設置も戦後の石油化学コンビナートへとつながっていきます。

今回の写真は『百年史』に付けられた「四日市港築港計thumb_2011_0108_224427-DSCF2047四日市史より画平面図」です。「大正末期」の作成となっていますから、90年近く前の四日市港です。大きい黄色の台形が「第2号埋め立て地」(現千歳町)でこの先に埠頭が延びていきます。現在の昭和石油や石原産業のあたりは「大池」「鯔池」となっていて埋め立ては進んでいません。                                                                                                                                       

まだまだ直接「公害」と関係のない時代ですが、裁判で指摘された「立地上の問題」を考えるために一度は確認したい歴史だと思います。市民塾の「勉強会」第1回目(1月24日 例会)はここからスタートします。ご参加よろしくお願いします。

8月3日(火)
ISETTの招きで、四日市市と都市提携している、中国天津市、米国ロングビーチの中学生などが、この日、四日市市環境学習センターで、四日市公害についての研修を行った。センターの研究員と市民塾メンバーが語り部・解説などのガイド。中国生徒からは、特に、水質汚濁などについて質問が出ていた。
{slide=8月6日(金)ハイパー中軸港湾 落選}
国土交通省が発表した、国際コンテナ戦略港湾(ハイパー中軸港湾)の選定で伊勢湾(名古屋、四日市港)が落選。四日市港管理組合管理者の野呂昭彦知事は「非常に残念。今後も名古屋港と輸出力でモノの流れを倍増させる『国際産業ハブ港』を目指し、連携の具体化に取り組む。」とコメント。これで、霞4号幹線道路建設の必要性は一段と遠のいた。これを機に、国・県・市とも、建設中止を表明すべきである。{/slide}
{slide=8月10日(火)ゼミ生来四}
日本大学環境経済学のゼミ生18名が教授とともに、四日市環境学習センターを訪れ、居合わせた公害市民塾メンバー3人が、四環研究員とともに、語り部をした。一行は、この日午前中は名古屋市藤前干潟を見学、教授とゼミ生の発案で四日市公害研究も取り入れたとのこと。海水汚染や、石原産業四日市工場の廃硫酸たれ流し刑事裁判での判決が8万円の罰金、現在の貨幣にするといくらになるのかの質問には、即答できずじまいであった。{/slide}
{slide=8月17日(火)高校・野外調査委員会 来四}
神奈川県高等学校地理分科会・野外調査委員会の一行16名が、午後四日市に来て、市環境学習センターで、四環研究員と公害市民塾メンバーが、パワーポイントで「四日市公害」を説明の後、塩浜小学校へ行き、展望室から第一コンビナートや磯津漁師町や伊勢湾についてなどの語り部を行った。代表の茅ヶ崎西浜高校の新井隆教諭は、「市民塾のHPを見て、四日市に来ることにしました。」と話していた。{/slide}
{slide=8月21日(土)実践交流会報告書}
公害市民塾が呼びかけて行った6月26日の四日市公害学習実践交流会の「報告書」が出来上がった。実践交流会は、それまでの公害学習の点を線につなぐもので、これまでの公害学習の成果をつなげ発展する役割を果たすという画期的なもので、その成果は「報告集」に盛り込まれている。
報告集はA4判、29ページ、表紙は塩浜小学校のうがい場での追体験の写真。200部作製。問い合わせは、中心になった伊藤三男さん、事務局の山本勝治さんへ(HPの問い合わせからどうぞ)。{/slide}
{slide=8月23日(月)石原産業の事件}
何かと話題のある石原産業、今回は、5月30日夜、代表取締役が尼崎の自宅前で、スタンガンで暴行を加えられ、ワンボックスカーに押し込められ約2時間半監禁された疑いで、男4人で尼崎北署に逮捕された。「東京の知人グループから、資金を提供する承諾を得たいので、東京に連れてきたら報酬に20億円渡す」と持ちかけられて犯行に及んだが、「強引に連れ去ったことを知った知人グループから、「もう連れてこなくていい」と言われ、容疑者が、取締役を自宅に帰したと供述した事件。{/slide}
{slide=9月7日(火)三菱マテリアル}
三菱マテリアルは、高圧ガスを無届けで使用したとの指摘を県から受け、操業を停止していた四日市工場(市内三田町)の2つのプラントについて操業を開始したと発表した。{/slide}
{slide=9月10日(金)納屋プラザニュース9月号}
四日市納屋プラザニュース「NPOネットワーク」9月号(A4、4ページ)が、公害裁判判決38周年の7月24日に開催した“環境再生まちづくり市民集会”(四日市まちづくり市民会議・公害市民塾主催)を、2ページ半にわたって編集・発行した。内容は、北島義信・市民会議会長のあいさつ、「公害記録写真映像で見る四日市公害裁判」市民塾・山本勝治、「澤井記録写真の活用を」市民塾・伊藤三男、野田之一原告患者の話し、「公害裁判の意義と教訓」郷成文弁護士、「環境再生まちづくりの提言を受けて」市民会議事務局長・渡部隆、司会は、中浜隆司市職労書記長。{/slide}
{slide=9月15日(水)日本軍捕虜となった米国人 石原産業へ}
太平洋戦争中に日本軍捕虜となった米国人(89)が、強制労働させられた石原産業四日市工場を訪れ、亡くなった捕虜の慰霊碑で献花し敬礼した。当時、東洋一の高さ185メートルのコンクリート作りの煙突が、1944年(昭和19年)東南海地震で大きく揺れ、先端が折れたことをスワボさんは覚えていた。12日に来日、京都で日本軍捕虜の研究をする市民と懇談するなどして、19日に帰国する。{/slide}
{slide=9月20日(月)第28回公害犠牲者合同慰霊祭}
四日市公害患者と家族の会(谷田輝子代表)の「第28回公害犠牲者合同慰霊祭」が、市営北大谷墓地の「公害犠牲者慰霊碑」前で行われ、患者、遺族を中心に40人ほどが参列した。この1年になくなった認定患者は11人で、過去帳には966人の名が連なった。慰霊祭には、公害訴訟弁護団事務局長の野呂汎弁護士も参列「四日市から公害問題を発信してほしい。」田中市長代理の市川吉則環境保全課長は「今も459人の認定患者がいる、公害の体験を風化させないと決意を新たにする。」と追悼の辞を述べた。{/slide}
{slide=9月24日(金)CTY特番が入賞}
四日市市のケーブルテレビ局「CTY」が2009年度に制作した「四日市公害」特別番組が、ケーブルテレビ連盟東海支部の番組コンクールで入賞、名古屋市で表彰式があった。この番組はCTYの20代を中心にしたスタッフが手がけた作品である。放送した映像のほぼすべてを市に寄贈し、公害学習に活用してもらうとしている。{/slide}
{slide=9月28日(火)小学校「公害学習」に語り部開始}
今年も、小学校5年生の「社会科公害学習」語り部がこの日から始まった。この日は、伊賀市立神戸と依那古小学校の合同学習で、一行45名が同じバスで、10時に磯津に来て、野田之一さん(磯津漁師・公害裁判原告患者)から、10分ほどの説明の後、塩浜小学校へ行き、野田さんや山本勝治さん(コンビ退職者)など、語り部とともに学習した。
体験ができる「うがい場」がなくなり、公害学習が少々さびしくなった。{/slide}

{tab=9月22日(水)遺伝子組み換えセイヨウナタネ}

県内の国道23号線沿いに遺伝子組み換え(GM)のセイヨウナタネが自生している問題で、「遺伝子組み換え食品を考える会」(河田昌東代表)は、自生状況の実態調査を行うよう三重県に申し入れた。カナダなどから四日市港へ輸入されているGMナタネガ製油工場へ運ばれていく途中にこぼれ落ち、愛知県境から松阪市にかけて約40キロにわたって自生を確認されている。除草剤で雑草が枯れてもGMナタネは健在ともいわれ「野菜と交雑すれば風評被害も及ぼす」と実態調査の必要性を訴えた。対応した辰巳清和環境森林部長は「県としてもよく勉強し、情報収集に努めたい」とした。

{tab=9月23日(木)石原産業劇物漏れ}

午後11時ごろ、石原産業四日市工場の酸化チタン生産プラントで、生産に使う劇物のチタニル硫酸溶液約38立方メートルが漏れ、一部は海上へ流失した。PHは一時、2.3の高い酸性となったが、約90分後に排水基準内に戻った。同社広報部は「老朽劣化が想定以上に進んでいた可能性がある」と話している。

{tab=9月24日(金)統合予定?}

来春に塩浜小学校(一部は浜田小)へ統合予定の三浜小学校PTAの今村佳樹会長らが、市長らに統合時期の延期を陳情した。日置正人副教育長は「少人数の教育環境を解消したい。来年4月の統合は変わっていないが、子供のため話し合う機会は積極的に持ちたい」と語っていた。{/tabs}

{tab=9月29日(水)環境保全事業団の言い訳}

 許可量を上回る産廃を最終処分場に埋めたとして、2008年に三重県から違反分撤去の指導を受けた三重県環境保全事業団が、2年半以上過ぎても撤去を進めていないことが分かったが、保全事業団の松林万行専務理事は「産廃ではない放射性物質をうちが勝手に掘り起こすわけにはいかない。国や県の指導に従って対応したい。」と言っている。(万行氏は、こないだまで県環境森林部長さん?だったはず)
これに対して、フェロシルト不法投棄を告発した「放射能のゴミはいらない!市民ネット・岐阜」の兼松秀代代表は「このままにしておくのは、行政が認めるのと同じこと。きちっと撤去させるべきだ。」と指摘している。

{tab=10月1日(金)石原産業和解}

石原産業四日市工場が、産廃フェロシルト製造の際、隣の工場である日本アエロジルの廃液を受け入れていたが、フェロシルト不法投棄事件で石原産業は製造を取りやめると通告。アエロジルは一方的な解約は不当として津地裁四日市支部に起こした損害賠償訴訟で、石原側が1億5千万円(賠償請求額は約5億6400万円)で和解していたことが分かった。

{tab=10月6日(水)判決40周年までに}

四日市ぜんそくを学ぶ公害資料館について、田中俊行市長はこの日の定例記者会見で、「(2年後の)公害裁判の判決40周年までにどうにかしたい」と初めて期日を明言した。場所については、新総合計画の中で、「既存の公共施設を活用」とあり、市長は「現在ある市環境学習センターとは別に整備する」と言及。{/tabs}

{tab=10月6日(水)ばいじん濃度基準値超え}

三菱化学四日市事業所は、ボイラーから排出されたガスのばいじん濃度が、大機汚染防止法が定める基準値を一時超えたと発表した。

{tab=10月14日(木) 将来の四日市は?}

1期目の市議で作るグループが、渡辺明・三重大名誉教授の協力を得て、7月に、全市立小学校6年生と中学3年生の児童・生徒計5989人を対象で、うち5311人から寄せられた文章と絵による回答を、三重大の学生ら30人が分析、報告書を田中俊行市長に提出した。回答では「公害のないまち」を希望するのが目立ち、意見で多かったのは、
○空気をきれいにするために木を植えよう
○公害イメージをひっくり返すまち
などだった。渡辺教授は「コンビナートの役割を知らせる施設作りなど、子どもたちの心を癒す政策立案が必要」と提案。田中市長は「少しショックを受けた。(公害の悪いイメージが)まだまだ根強いので、今後の政策立案に反映していきたい」と述べた。(毎日新聞)

{tab=10月20日(水)環境市民大学よっかいち}

「NPO環境市民大学よっかいち」(代表・粟谷かよ子四日市大学教授)が、昨年10月から今年の3月にかけ6回開催した「四日市公害・環境市民学校2009」の「報告書」を発行した。A4判61頁と資料頁。{/tabs}

{tab=10月21日(木) 語り部活動}

津市立(旧一志)波瀬と大井小学校5年生が合同の公害学習で、塩浜小学校での学習(語り部・野田ほか2人)のあと、漁業組合を訪ね、組合長と漁師に磯津の漁などについての話を聞いた。港には、漁を終えたパッチ網船が帰ってきたところで、船上にわたり蟹が1匹いて子どもが「ほしい」と言ったらくれた。今年は、わたり蟹がたくさん獲れ、説明役の漁師も、この日の夜明けに蟹を40匹獲ってきたと言っていた。

※今年度も、小学校5年生の公害学習での四日市現地見学学習が9月から始まった。
5月、四日市市中部西小学校 9月、伊賀市立神部・依那古小学校
10月、松坂市立小野江小学校 員弁郡東員町城山小学校 伊賀市立府中小学校 伊賀市立丸柱小学校 津市立波瀬・大井小学校  伊賀市立途鞆田・川合・玉滝小学校 伊賀市立友生小学校

{tab=10月30日(土) 四日市市環境シンポジウム}
四日市市環境シンポジウムが、57の環境団体・企業などが参加して、四日市市文化会館で行われた。四日市再生「公害市民塾」も昨年に引き続き展示出展した。公害学習語り部や、かつての公害(ヘドロしゅんせつ、タンク火災、第3コンビナート埋め立てなど)記録写真と、DVD化した公害記録写真をパソコンで流すなどのことをした。出展中のコンビナート工場の社員が熱心に見入り、ヘドロしゅんせつと霞コンビナートに埋め立ての写真がほしいとのことで、後日送ることにした。シンポジウムでは、基調講演『自然体験による地域理解と地域活性化』東大院農学生命科学研究科助教授と「大切にしよう、命のつながり」を矢口芳枝四大環境教育研究会コーディネーターでディスカッションを行った。

{tab=11月7日(日) 記録人 澤井余志郎}
 東海テレビ放送が、午後4時30分から1時間、ほぼ1年間かけて四日市公害の半世紀を取材、250時間ほどの撮影ビデオから、正味50分のドキュメンタリー番組「記録人 澤井余志郎」を放送した。撮影は塩屋久夫さん、ナレーションは宮本信子さんで、放送後、視聴者からの感想・意見に「大変良いドキュメント番組です。ぜひ再放送を望みます。また、DVDなど媒体の発売もご検討ください。」といったメールなど好意的な感想が寄せられていたようです。{/tabs}

{tab=11月10日(水) 小学校の統合延期}
四日市市立三浜小学校が、来年4月、塩浜と浜田小学校に統合する問題で、市教委は、「同小のPTAと意識が共有できていないことや、通学路の安全対策などの協議が進んでいないこと」などで、統合を延期することの方針を市議会教育民生常任委員会の協議会で説明した。

{tab=11月27日・28日(土・日) 三重県社会科教育研究会}
 三重県社会科教育研究会の「第38回夏休みの児童・生徒社会科作品展」が、津市久居のポルタ久居(近鉄久居駅ビル3階)であった。応募作品835点から、特選17点、入選69点が選ばれ、計86点が展示されていた。
 展示作品のうち、「四日市公害」の自由研究は、鈴鹿市立玉垣小学校6年生と、名張市立北中学校と三重大学教育学部附属中学校2年生2点で、四日市市立小中の児童・生徒の作品はゼロ、公害市民塾メンバーとしてはさびしい感想を漏らしていたが、扱われている資料・聞き取りは市民塾で(語り部、写真展などは四日市市環境学習センター)その点については自信を深めた。{/tabs}

{tab=10月~11月語り部学習}
 今年も、小学校5年生の社会科公害学習で、市県内外の小中学校の児童生徒への語り部学習があった。県外からは今年も滋賀県草津市立老上(おいかみ)小学校4クラスがあり、伊賀市立小学校は少人数校が3校合同、貸し切りバスで、まず磯津の狭い砂浜で、水辺に接し、鈴鹿川対岸の第1コンビナートを見、塩浜小学校での学習をした。
 四日市市立小学校の社会科教科書では、3学期に「四大公害」があつかわれていることから、1月~3月に学習されるようである。市長の「公害歴史学習」公約や市教委の取り組みもという好条件の中、教育現場の取り組みはどうなのか、これからが注目。

{tab=12月4日・5日三重県北勢人権フェスタ}
 三重県北勢人権フェスタ2010が四日市市文化会館で開催され、四日市再生「公害市民塾」も出品参加。広い展示室には、主に北勢地方や市内の人権教育協議会からの出店(主に児童生徒の人権啓発ポスターや、各地区人権協の活動状況)が張り出され、「公害と人権」を掲げ市民塾出品の関係写真、(予想を上回るスペースで追加)、水俣病などの写真集や、HP “こちら市民塾”ファイルの展示、紙資料(来場者に無料配布)などをした。“人権・同和展”で“公害をどう受け止めてもらえるか”の危惧はなく、特に中高年の来場者が熱心に見入っていたし、案内語り部に話しかけてもいた。{/tabs}

「資料館発進」・・・・・よいお歳を! (12/28) 

>2010_1224_01「こちら市民塾」№20でお伝えしましたが、四日市市議会最終日(24日)において「四日市市総合計画」が可決されました。重ねて申し上げますがその中に「公害に関する資料館の整備推進」があり、「平成23年度からの3カ年・・事業費を計上」がうたわれています。つまり念願の「資料館」が決定したということです。この先、予算の設定や肝心の「場所」の選定とヤマはいくつもありますが、四日市公害にとって画期的な決定です。いよいよ具体化への正念場を迎えました。

 写真:鈴鹿川対岸から塩浜小学校を臨む。まるで工場内にあるようです。

◎今年最後の市民塾月例会は以上の状況を踏まえて、今後の作業の大切さを確認しあいました。また主要議題として今年一年間の市民塾の取り組んだ仕事を振り返りました(添付ファイル参照)。少ない人数ながらなかなか頑張っているな、というのが実感です。来年はまたいっそう忙しくなりそうです。

 例会のもう一つのテーマは、来年からの「四日市公害お勉強会」の取り組みです。詳しくはもう一度添付しました。「1,前史」と「5.訴訟をめぐって」以外は担当者未定です。ぜひどなたか引き受けてくれませんか。ご出席が不可能であればご意見などください。資料館の「質」向上のために大切なことと考えています。

市民塾通信「こちら市民塾」及び関連記事、多くの皆さんにご愛読いただいています。ありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。元気に頑張りましょう。

磯津漁港に立ち寄ってみる(12/10)

2010_1210_01この日の朝は一番の冷え込みだったけれど、昼過ぎになって気温が上がり鈴鹿川河口へと回ってみた。すっきりと晴れ渡り堤防に立つと知多半島が近く、磯津の港からは漁船が元気よく走り出す。「漁があるんだな」と思って船着き場に降りると、数隻の漁船が泊まり近づいてみると何やら仕分け作業中。尋ねてみると「芝エビ」との答え。富田(第3コンビナート)の沖合、約20㍍の海底からの収穫。幅3㍍ほどの巨大ジョレンに網をつけ船の艫(とも)から引きずる「底引き漁」。貝殻やゴミも混じるがその中から「芝エビ」や「しゃこ」を選び出す夫婦連れの共同作業。

四日市の魚は評判が悪くて、と語り部の野田さんは残念がる。「磯津」はとびっきりの漁村なのに「公害のまち」などと名を馳せてしまったけれど、漁師たちはこの地を離れるわけにはいかない。それが「生業(なりわい)」なのだから。今日もカツオやマグロといった大きな漁ではないが、船を出す漁師にとってはかけがえのない「海の幸」。

「あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。」(石牟礼道子『苦界浄土』という水俣漁民のことばが思い出され、海と人間の確かなつながりを実感することとなった。

市民塾とは

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