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「脱原発×STOP浜岡」in津

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東電福島原発は現状は一体どうなるのでしょう。おそらく東電も政治家も「お手上げ状態」ではないでしょうか。いや、そんなことではいけない。日本だけでなく全世界が直面する危機といえましょう。福島まで出かけることのできない私たちが「今できること」。それは間近にある静岡の「浜岡原発」を止めさせること。直下の地震帯をもつ御前崎。大きな地震に襲われたらひとたまりもありません。
私たちの住む三重県にはかつて中部電力の「芦浜原発」建設計画をめぐって熾烈なたたかいがあり、ついに80万人の反対署名をもってこの計画を撤退させました。しかし、今回の東電原発の現実をみるにつけ悔しい思いがわいてきます。そんな思いを克服するためにも、浜岡だけでなくなく「原発に頼らない世の中」を作り出していく必要があるのではないでしょうか。
この日はそんな思いを同じくする市民が約300名。県庁所在地「津」で集会を開き、市内の大通を1時間半かけてデモ行進をしました。多くの人々の「危機意識」が行動に駆り立てたのでしょう。ただ、休日ということもあってか道行く人々があまりにも少なく、ちょっと物足りなさがありましたが。。(けれど東京が1200人、名古屋で500人に比べて人口比率からいえば画期的な行動だったと思います。)主催者の皆さんご苦労様でした

『脱原発×STOP浜岡』の声高らかに・・・・・。(3/27) 2011_0327_115025-DSCF2392

東北大震災の被害は広がるばかりですが、それでもなんとか救援と復興の進展は感じることができます。しかし、東電福島原発の大事故は出口が見えません。今日、名古屋では若者たちの呼びかけた『脱原発×STOP浜岡』の「ぱれーど」(行進)が行われました。呼びかけに応じた老若男女はざっと5 00人近く、主催者の予想をはるかに超えた人数でした。栄の久屋大通広場に集まり市中を巡って約1時間のデモンストレーションでした。参加者は年齢層の幅が広くそれだけ危機感の大きさが感じられます。最後は中電本社の入り口(もちろんシャッターは閉じていますが)に菜の花とプラカードを供えて「浜岡原発停止」を訴えました。東京でも1200人のデモが行われたということです。
署名集めから中電への申し立て、そして今日の「ぱれーど」と企画実行してくれた若者 諸君に敬意を表したいと思います。ありがとう。しかし、福島原発の現状は余りにも危険です。「原発」に賛成・反対を論じ合うよりこの現状をどうしたら乗り越えることができるのか、日本だけでなく世界中が英知と技術を結集して立ち向かうべき局面にあるのではないでしょうか。

   究極の環境破壊!

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今日の中日新聞夕刊に「米が原発緊急点検」との見出し。今回の東電福島原発の事故を受けて、全米104基の原子炉を対象に90日間の緊急点検に着手したという内容。それに対して日本ではそのような動きがみられません。中部電力浜岡原発も例外ではなく平常運転。今日は午前10時から名古屋の若者グループは一昨日の署名をもって中電本社へ。「浜岡原発の運転停止を求める市民有志」も加わっての共同行動。応対に出たのは総務部・広報部。人数を制限したり、マスコミの同席を嫌ったりと不誠実でしたが、参加者50名全員がロビーで申し入れ。「浜岡原発の停止」を訴え多くの質問を出しましたが即答はなく後日ということになりました。午後は愛知県庁・名古屋市役所を回り同様の趣旨で中電を指導するよう申し入れ。残念ながら知事・市長に直接会うことはできませんでしたが、何とか思いの届くことを期待するばかりです。若者たちの未来は長いのです。大人たちは誠意と懸命の努力をもって応えるべき責任があります。

原発事故は放射能の大気汚染をもたらすのですが、海水から高濃度放射性物質が検出されたとのニュースもあります。まさに究極の環境破壊ということになります。農作物や海産物への影響は避けられません。終わりのない公害ともいえましょう。

若者たちの行動は続きます27日(日)には『脱原発を歩こう! ~ストップHAMAOKAぱれーど~』が行われます。名古屋・久屋大通公園に午前10時30分集合 11時出発で1時間程度となっています。日曜日です。ぜひ多くの方の参加をお願いします。
詳しくはブログ http://stop-hamaoka.jugem.jp をご覧ください。

     衝撃の日々・・・・・。(3/13)

3月11日(金)午後3時35分以降、日本列島は未曾有の大地震と大津波に襲われ、自然災害の恐ろしさを思い知らされています。その悲惨な状況はTV・新聞で克明に報道されていますから繰り返しませんが、亡くなられた皆さんのご冥福を祈るともに行方不明の方のお一人でも多くの生還を願うばかりです。私たちもできる限りの支援と協力をさせていただきたいと思います。
公害問題に関わり続けている私たちとしては「原発」と「コンビナート」について、その危険性を指摘続けてきただけに怒りさえ感じています。ここでは「コンビナート火災」について少し書いておきたいと思います。
千葉県市原市のコスモ石油千葉製油所で大規模な火災(爆発)が起こり、二日後の今も鎮火していません。コスモ石油は大協石油と丸善石油が合併したものであり、大協は戦前四日市に「四日市製油所」を設立しました。戦後は「午起(うまおこし)製油所」を増設し、四日市における第2コンビナートの基幹を成していますが、過去何度かタンク火災事故を引き起こしています。さらに四日市市南部の塩浜地区には第1コンビナートの中軸として「昭和四日市石油」があります。
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この二つの工場の共通点は一般市民の住家と近接している点です。特に昭石の場合は工場の境界と幅10㍍たらずの道路一つで隔たっているだけなのです。しかも周辺地下にはガスや油の導管が網の目のように埋設されており、「もし事故が起きたら」と考えるとぞっとします。四日市公害裁判では「立地上の問題」も指摘されています。早急に点検と安全対策が不可欠です。 写真は昭石のタンク群と民家です

いずれにしてもまだまだ被害実態は拡大するばかりでしょうし、遭難された方はこのHPもご覧いただけないと思いますが、頑張りましょう!

「四日市市新総合計画 第2次素案」に対する意見

平成22年11月1日
澤井余志郎(四日市再生「公害市民塾」)

四日市公害資料館の設置について

 いわゆる「4大公害裁判」の中で「公害資料館のないのは四日市だけ」と言われてもう随分長い時間が経ちます。たしかに県内では唯一の四日市市環境学習センターが設置されており、これは何よりも四日市公害を経験した歴史の上に存在しているわけで、行政も幾ばくかの責任を果たしてきたといえましょう。しかしながら、現状はスペースとしても資料内容にしても決して満足できるものではありません。
 今搬出された「四日市市新総合計画」には第1次・2次にわたって「公害に関する資料館の整備を推進」と表記されています。また田中市長ご自身も記者会見(10/6)の席で、記者の質問に対して「公害環境学習館のような位置づけで、40周年をめどには何とかしたいと思っている」と答えてみえます。歴代の市長各位に比べて、その前向きな姿勢と具体的に日程を明示された点において、大いに評価できるところです。
 しかし、あと2年足らずしかありません。具体的に「既存施設の活用」とした場合、どの施設を使用するのか。内部の配置は、運営方法は、資料の整理は等々、課題は山積しています。何より予算の設定もしていかなければなりません。さらに市長個人のみならず議会および行政全体の意思一致もみなければなりません。
 私たち四日市再生「公害市民塾」は澤井所蔵のものを中心に公害資料の整理を続けています。まだまだ他に発掘の可能性は含まれています。ぜひ市民に広く呼びかけ認識を深めていただきたいと思います。また今なお疾患に苦しむ公害患者が459名存在することも忘れてはなりません。小学校での公害学習は地道ながら深まり広がっています。行政・市民・企業そして患者(被害者)が一体となって集い学習し交流しながら、全国に発信していく空間としての機能が不可欠です。そのためにも単に学習にとどまらず患者さんが憩いの場として過ごせる保養所的な施設もぜひ併設していただきたいと願っています。「公害を克服する」の真の意味はそこにあると思います。
 私たちは、ただ要求するのみでなく具体的な作業や今後の運営について協力体制をとるべき責任も感じています。四日市市が真に「青空を取り戻す」のは、単なるデータ上の問題だけでなく、そこに至る過程が重要です。どうか一刻も早く具体的な作業に入っていただきたいと思います。「40周年」は再来年(2012年)です。

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