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三浜小学校-もう一つの塩浜小学校DSCF3642
四日市公害学習、今年に入って忙しく2月の最終は三浜・楠というそれぞれ縁の深い学校でした。楠は9年前の市町村合併までは「三重郡」でしたが塩浜に隣接していて「もらい公害」を及ぼしていました。現在全校児童650名、5年生だけでも120名(4クラス)で校舎も新しく活気に満ちた学習会でした。
それに比べて三浜はなんと全校で91名。5年生は20名でしたが、2年生などは7名。存続の危機に立ち一時塩浜小との統合が考えられたくらいです。地元の反対もあって無期延期となっていますが、地域事情からみて近い将来避けられそうにありません。
さて、この三浜小学校、その歴史をさかのぼってみますと創立は1956(昭和31)年。 「塩浜第二小学校」としてのスタートでした。第1コンビナート設立前夜という時期ですが、すでに多くの化学系工場が建ち並び人口が急増し始めており塩浜小学校だけでは収容できなくなってきたのです。DSCF3625国道23号線と塩浜街道に挟まれ南北に長い学区となりました。創立直後の数年間は全校児童1200名余と現在の13倍にものぼりました。しかし、コンビナートが拡大し工場労働者は増加しながら「公害」の発生を招き、地域住民は郊外に移転し児童数の減少にいたったわけです。
かつて校内には「公害患者」の児童も多く在籍し、塩浜小と同じように「うがい」や「健康対策」としての校内マラソンも実施されました。今もその時の掲示板(日本地図)が残されていました。公害被害地として塩浜小が有名ですが、ある意味では三浜小のほうがもっと深く「公害」に翻弄されてきた と言えそうです。 


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