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市民塾通信『こちら市民塾』 №193 (1月28日)
訃報「野田之一さん」逝去。
 12019 0126 181246 IMG 6047月25日、四日市公害訴訟原告の中でただ一人ご存命だった野田之一さんが亡くなりました。87歳。謹んでご冥福をお祈りします。4年前に亡くなった「語り部」同志・澤井余志郎さんの亡くなった年齢と同じでした。野田さんは漁師をやりながら30歳過ぎに大気汚染のため呼吸器疾患を発症、1965(昭和40)年四日市市によって「公害患者」として認定されました。その後1967(昭和42)年の公害訴訟に他の8名ととも原告として参加。5年間の係争を経て原告患者側全面勝利の判決を勝ち取りました。
 2000(平成12)年頃から澤井余志郎さんとともに小学校への「語り部」活動(出前授業)を開始、2015(平成27)3月「四日市公害と環境未来館」開設以降は館内での「語り部」として、来館者に向けて自らの体験を語り続けていました。特に小学生に対する講話は具体的でわかりやすく、子ども達に握手を求められることもありました。
 昨年12月に「サービス付き高齢者住宅」に入居していましたが、今年になって中旬頃から体調を崩し持病の「気管支喘息」に肺炎を併発し不帰の人となりました。四日市公害と闘い、その体験を語り継ぐ重要な存在であっただけに、喪失感も大きく残念でなりません。しかし、その財産を引き継ぐことが残された我々の重大な任務と考えています。心して頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
◎「市民塾」2月例会は16日(土)13:30~ 「じばさん三重」2階です。野田さんのこと詳しくお話しします。
なお野田さんへの追悼の集まりは「四日市公害と環境未来館」と相談の上、機会を設けたいと思います。また告知させていただきますので、ご了承下さい。

 


野田さん逝く

四日市公害裁判原告で語り部の野田之一さんが亡くなりました。

四日市公害を語る上で、とても大きな存在を失いました。ご冥福をお祈りします。

野田さん語録

野田さんの伝えたい思い

市民塾とは

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