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市民塾通信『こちら市民塾』 №150 (4月1日)
「四日市公害と環境未来館」一周年そして「市民塾」も・・・・
2016 03211109昨年3月21日開館以来一年が経過しました。入館者は当初の見込み(5.5万人)をはるかに超えて7万2千人となりました。それは立地上の好条件や建物の構造上の利点もあってのことで、「公害資料館」独自ではそれほどには至らなかったと思います。しかし、何はともあれ全体として「そらんぽ四日市」がにぎわっているのはいいことだと思います。質的にまだまだ充実を図らなければならない要素は多くありますが、新しい年度に持ち越して官民併せて努力をしていきたいものです。
◎ エコパートナー事業「四日市公害をもっと考える」は「塩浜以外=橋北地区=の公害」を取り上げました。いつものイベントよりは参加者は少なめでしたが、特別ゲストの参加もあり中身は好評でした。1970年頃小学生で認定患者だった男性が、具体的にわかりやすくお話しをしてくれました。また証言テープも聴いていただきました。
◎ 「エコまつり」では「四日市市史」執筆の岡田知弘さんが澤井さんの功績を取り上げ、市史編纂の苦労話を話していただきました。
  同時に開催されたエコパの展示には「市民塾」も「澤井さん追悼」をテーマに写真展示をおこないました。 
◎ 4月となり新しい年度となりました。「公害市民塾」は引き続き月例会を「第3土曜日」に開催します。場所は「じばさん三重」2階活動室、時間は13:30から2時間程度。4月は16日となります。年度初めですのでこれまでの振り返りと、今年度一年間の活動目標・具体的な進め方を話し合います。参加自由です。多くの方のご参加をお待ちしています。

市民塾通信『こちら市民塾 』№149 (3月6日)
「四日市公害を〈もっと〉考える」土曜講座のお知らせ
IMG 0001 3「四日市公害と環境未来館」の市民運動活性化の取り組みとして「エコパートナー委託事業」というのがあります。登録した団体に予算を組んで活動を推進しようというものです。既にいくつかのグループが遂行していますが、「市民塾」は3月19日(土)に開催します。ちょうど開館1周年の時期に当たりタイムリーな開催となります。
今回のテーマは「塩浜地区以外の四日市公害」です。一般に「四日市公害」といわれるのは「四大公害訴訟」という呼称に象徴されるように、第1コンビナートとその周辺地域(塩浜地区)に限定されています。しかし、実際には四日市は北は羽津地区から南は楠地区まで、ほぼ全域が「公害指定地域」となっていました。1988年の法改正で四日市は「公害指定地域」ではなくなっていますが、公害認定患者は該当の全地区に及んでいます。現在もなお380名弱の認定患者が存在しますが決して塩浜地区だけではありません。
そうした事実をもう一度見直してみようという試みです。第2コンビナートは大協石油(現コスモ)・協和油化・中部電力四日市火力を中心にして1963(昭和38)年操業を開始しています。そして同時にその近隣の橋北地区に患者が発生するようになります。この歴史的事実について考えてみようと思います。第3土曜日のため「拡大例会」として開催しますが、どなたでも自由にご参加下さい。もちろん参加無料です。
3月19日(土)13:30~15:30 「そらんぽ四日市」(「四日市公害と環境未来館)1階講座室。申し込み制になっていますが、当日受付も可能ですので気軽にお越し下さい。

 

市民塾通信『こちら市民塾』№147 (2月10日)
しめやかに「澤井余志郎さんを偲ぶ会」2月6日
2016 02060068昨年12月に亡くなって、仏式でいえば四十九日が過ぎました。会場が広すぎて少し空席もあったのですが、たくさんの方にお越しいただきました。1部『青空どろぼう』上映会に約50名。2部「偲ぶ会」では約100名となりました。主催者挨拶や田中市長メッセージの後、市民塾から「澤井さんの人生・作品」について紹介。
吉村功さん からは澤井さんの思い出を「訴訟判決」当時の判決文コピーと屋上からの写真、さらに判決後も公害を「記録し続けた」のは「すごいこと」とのお話が出されました。さらに「相棒」野田さん からの惜別のことばや患者の会の塚田さん からの思い出話がありました。会場からの一般参加者からも発言をいただきました。
そして最後は「作文」教室。澤井さんの「原点」である「生活記録」を皆さんになぞっていただきました。後日、文集にして澤井さんの霊前に捧げます。参加者の中には磯津から駆けつけていただいたご高齢の方が何人も見えて、澤井さんの仕事と人柄に改めて深い感銘を覚えました。安らかにお眠り下さい。

市民塾通信『こちら市民塾』 №148 (2月26日)
IMG 21面に「澤井余志郎さんを偲ぶ会」の特集を掲載しました。澤井さんの最後の原稿ともいうべき月刊誌『歴博』の文章を転載しました。また、2面はフェイスブックに上げていますのでごらん下さい。この画面から入れます。
また「偲ぶ会」で寄せられた作文は54名分にのぼりました。現在製本に出しています。来週早々には出来上がる予定です。
◎ 「四日市公害と環境未来館」の開館1周年が近づいてきました。関連した今後の催し物を案内します。
  3月19日(土)エコパートナー事業「市民塾土曜講座」 ー塩浜地区以外の四日市を 考える
     第2コンビナートとその周辺地域(橋北地区)での  公害問題を歴史的にさかのぼりながら考えます。
     公害訴訟当時の証言テープや写真、さまざまな資料を   示しながら、今までとは違った視点から見つめ直ます。
     会場は「四日市公害と環境未来館」1階講座室。13:30~15:30 参加無料 ℡059(354)8065 へ早めに申し込んで下さ
     い。
  3月20日(日)「よっかいちこうがい未来カフェ~若者が考える四日市公害~」13:30~16:30
               「四日市公害マンガプロジェクト」主催  エコパートナー事業 
  3月21日(月・祝) 開館一周年記念行事   講演 岡田知弘さん


       


     

 

 

市民塾通信『こちら市民塾』 №146 (1月25日)
「澤井余志郎さんを偲ぶ会」は2月6日です。
2016 01250072昨年末に亡くなって以来、早一ヶ月。先日の月命日(16日)にはご自宅にお伺いし、お参りをさせていただきました。そして「偲ぶ会」もいよいよあと2週間を切りました。準備を進めながら関係資料をあさっていますが、澤井さんが良く口にしていた「公害の澤井」より「生活記録の澤井」と呼ばれたい」 と意味が、じわじわとわかってきます。戦後間もなく就職した「東亜紡織」での女子工員さん達と作り上げた「生活記録」の取り組みが、彼の「原点」だということです。四日市公害に対する「たたかい」も「記録」することが武器だったのでしょう。遺品とも言える彼の蔵書の中に、「生活記録」=「綴り方」に関する書物が多く含まれています。その代表が『山びこ学校』です。青年教師・無着成恭によって編まれたこの作品は1951(昭和26)年、世に出たのですが当時の澤井青年に大きな衝撃を与えたのです。現在は岩波文庫として市販され多くの読者によって読み継がれています。その他、戦後の昭和20年代に日本各地で繰り広げられた「生活記録」運動に関する書籍が書棚に並んでいます。こうした観点からも、ぜひ澤井さんの偲んでいただければと思います。
◎ 今月16日、四日市公害訴訟の功労者である吉田克巳さんが亡くなりました。訴訟提起前に四日市、特に塩浜地区の呼吸器疾患患者多発の問題をとらえ、レセプトによる実態調査を踏まえて、発生源がコンビナート企業の排煙であることを疫学的に立証しました。裁判での原告勝訴の大きな決め手となったのです。享年92歳。謹んでご冥福をお祈りします。

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