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市民塾通信「こちら市民塾」№12(8/24)

処暑過ぎていまだ残暑衰えずの感です。ちょっとこの夏は大変ですね。でもあと一週間で9月ですから、何とか・・・・・・。ということでいくつか話題をお伝えしましょう。

[話題1] 「四日市公害学習実践交流会」の報告集ができあがりました。去る6月26日、四日市環境学習センターにて実施しました交流会です。四日市市内から6校、他市から7校の参加を得て実り多い内容となりましたが、当日の報告や意見交換の要約、さらに参加者の感想を付加して一冊にまとめました。巻頭には澤井余志郎さんの「四日市公害を語り継ぐ“語りべ”」と題した一文が掲載され、読む人に深い感銘を与えてくれと思います。市民塾メンバーの手作りで200部作成しました。ご希望の方ありましたらご連絡ください。もちろん無料です。

[話題2] 学習センターに来訪者多し。中国やアメリカの中学生、それに東京からは大学生(日大)と夏休みを利用したグループが研修に訪れます。8月17日は神奈川県の高校教員(社会科地理部会)のメンバーのフィールドワーク。センターでの解説の後はバスに乗って第1コンビナートから塩浜小学校へ。工事中でうがい場は見学できず展望台へ。さらに磯津漁港から鈴鹿川河口で下車。川向こうの工場群を一望しながら「川崎の光景と一緒ですね」「一度川崎にも来てください」などの会話が交わされます。やはり各地との交流は大切なんですね。

市民塾通信「こちら市民塾」№11 立秋 残暑というには暑すぎますが、夜更けて吹く風に心なしか涼しさが……。

さて今日の 四日市。学習センターの写真展、にぎわってます。「解説あり」との予告の影響で親子連れがたくさん来訪。その都度説明させてもらいますが付き添いのお母さんも熱心に聞いてくれます。東京や長野からのお客さんや解説ボランティア養成講座に参加された方も応援にかけつけてくれて張り合いがあります。「えこっぱニュース」やHPで知ったという方がほとんどで、情報の大切さも実感しています。

同時並行して「澤井資料」の整理にも取りかかっていますが、レアものがいろいろ出てきてつい時間をとられてしまいます。中でも38年前(1972年)「 四日市公害訴訟判決」7月24日のナマ新聞が各紙みつかりました。少し色あせているのですがあの日の感動がひしひしと伝わってきます。近頃の 四日市の夜は「ナイトクルージング」で賑わうそうですが、「百万ドルの夜景」がもたらしたものものは何だったのか、改めて考えさせてくれる新聞記事です。

市民塾通信「こちら市民塾」№10-①

四日市公害訴訟判決の日(72.7.24)から38周年。「盛り上がる 四日市」というようなムードを感じる昨今です。話題が多くありますので今回は特別版として2回に分けてお届けします。順番が逆になりますが、まずは本日開催された「38周年記念環境再生まちづくりを考える市民集会」 (午後・本町プラザ)について。(主催:まちづくり市民会議、   四日市再生「公害市民塾」)。参加総数75名。うち企業関係者20名ほど。

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内容は1,市民塾[澤井写真の保存、スライドによる 四日市訴訟のあらまし] 2,市民会議[まちづくり提言について]

メインは 四日市訴訟弁護団の主力であった郷成文弁護士による講演「 四日市公害訴訟の意義」。約1時間にわたってわかりやすく整理してお話いただきました。特にもと被告企業からの参加もあり、当時の企業の姿勢を厳しく指摘し、二度と「あやまち」を繰り返すことのないよう強調されました。郷さんの講演に先立って原告の一人・野田さんから挨拶(というか叱咤激励)をいただき、参加者一同パワーを注入されたようです。

今回は事前に被告6社(現4社)に呼びかけたところ全社から参加があり、38年目にして 四日市はかつてない盛り上がりが感じられます。

続編には[指導者養成講座]と[塩浜小学校うがい場]について報告します。

市民塾通信「こちら市民塾」№10-② 暑中お見舞い申し上げます。連日の猛暑いかがお過ごしですか。

リニューアル以降の「こち・塾」日増しに来訪者が増加。まもなく26万に達しようかという勢い。ありがとうございます。さて、前号は①としましたので、今回は続編②です。7月22日の出来事を2本お届けします。

その1,AM版。「環境リーダー養成講座」(市環境学習センター主催)。四日市市公害学習支援授業の一環として設けられ、受講者は市内の小中学校教員が対象。教員にとっては夏期休業中の研修として、数多くある講座の中から本人が選択して申し込むわけですが、なんと70人の受講生。学習センターの研修室が満席状態。予期せぬ盛況ぶりに驚いたり感激したり。市内26(うち中は2)校からの参加で当然一つの学校から数名の参加もあります。皆さんとても熱心でした。

講座の内容は「市民塾」メンバーによる「 四日市公害の基礎」ともいうべき歴史・被害・裁判・運動をスライドやテキストを用いて説明。後半は2グループに分けて資料室の見学。展示写真などを解説付きで学習。もう一つは環境保全課による公害患者の現状説明と、市民塾からは公害学習を進めるに当たっての留意事項確認etc。

提出してもらったアンケートにはびっしりと「わかりやすかった」「盛りだくさんで役に立った」「自分の学校で学習に取り組みたい」と前向きの意見を寄せていただき、実に意味深い講座だったと自賛したくなるくらいでした。

その2、PM版  塩浜小学校「うがい場(水道)」取り壊しの件。近くの小学校との統合が決まり受け入れ側としてトイレの拡充を図るための取り壊し。この設備は「公害地」の小学生の健康を守るため設けられ、現在も公害学習の体験の場として利用されてきただけに残念なこととなりました。しかし全部撤去されたわけではなく、取り外した蛇口などは保存されることになっています。この件も市民塾が無念に思い、さらに中日新聞が大々的に取り上げてくれた成果といえましょう。やはり何事も監視を続け、ダメなものはダメだと意思表示することはとても大事なここと感じました。

市民塾通信「こちら市民塾」№9 7月10日 磯津巡礼

東海テレビの取材に同道というかたちで市民塾3人、磯津巡りとなった。その最大の目的は「お墓参り」。四日市公害訴訟の9人の原告の一人だった瀬尾宮子さんが病院で亡くなったのが1971(昭和46)年7月10日。判決の前年だから39年となる。旧知の今村しづ子さんに案内をお願いして墓地を訪ねた。どの墓石にも真新しい供花が生けられていて、墓を守る人たちの思いの深さが感じられる。しづ子さんは40年も前の磯津二次訴訟に積極的だったし、市民兵の「寺子屋」にもずいぶん協力してもらった。前日の雨天とはうって変わった強い日差しの中で、線香を手向けながら、瀬尾さん一家の辿らざるをえなかった苛烈な道のりを思う。公害のもたらす犯罪は「命を奪う」ことのみにはとどまらなかったのである。合掌。

お墓参りに先立って町内に残る瀬尾さん一家の住居跡(!)を訪ねた。原告の宮子さんが亡くなって夫の清二さんと3人の子どもが裁判を継承し、周知のごとく「勝訴」とはなった。しかし、この一家はさまざまな理由のもとに離散し清二さんも既に亡い。主を失った住居は朽ちて廃れて雑草と柑橘の木が茂っているのみ。愛用のマドロス帽が人なつっこい笑顔によく似合ったのが思い返される。四日市公害訴訟は12人が原告として戦ったのだという歴史的事実を、決して忘れてはいけない、と改めて肝に銘じたのである。

野田さん宅にも寄り道したり交番跡や中山医院を通り、「ここが藤田さん」「ここが喜知松さん」と確かめながらの磯津巡りは、炎暑の中を忘れるほどに高揚感をもたらしてくれた。若き日の懐古といわれそうだが、やはり磯津は「原点」であることが実感でき、さながら「巡礼」の一日となった。

市民塾とは

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