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市民塾通信『こちら市民塾』 №180 (11月8日)
野田之一さんを訪ねました。
2018 1107 150054 IMG 5510四日市公害訴訟の原告9人の中で、唯一ご存命の野田さん。まもなく(12月16日)で87歳となります。今も「四日市公害と環境未来館」の「語り部」として、主に小学生相手に体験をお話しされています。語り口調はお元気ですがさすがにご高齢となり、足腰の衰えは如何とも致しかたありません。同じくご高齢の奥さんとの二人暮らしのため、さらにバリアフリーの施されていない旧来の住宅ということもあって、日常生活はなかなか大変です。

最近は近くの介護施設へ「ディサービス」を受けるため、週4日出かけます。訪問介護も受けたりしてなんとか頑張っています。「公害病」のひどい発作はおこりませんが、高齢者としてのご苦労は並大抵ではありません。時々訪問してようすを見に行くのですが、まだまだ元気でいてもらいたいと切に願っているところです。

 

◎ 「市民塾」11月例会は17日(土)13:30~ 「じばさん三重」2階です。
   12月例会は15日(土)となります。澤井さんの命日(16日)にちなんで拡大し、さらに冊子『四日市公害百題+10』の出版  披露も兼ねて行います。日程の調整をお願いいたします。

 

市民塾通信『こちら市民塾』 №189 (9月26日)
第36回「四日市公害犠牲者合同慰霊祭」9月22日、四日市市立北大谷斎場
2018 0922 101631 IMG 5324 前夜来の雨も上がり少し蒸し暑かったのですが、つつがなく執り行われました。内容はほぼ例年通りで黙祷に始まり遺族代表の物故者名簿奉納の続きます。昨年からの一年間でさらに13名が亡くなり、合祀の合計は1068名となりました。合祀を望まれない方もみえますので亡くなった方の実数は+数百名と思われます。
 さらに供花は野田之一さん(神長さんが同行)。四日市市森市長と市議会議長の追悼の辞があり、参列者全員による献花。続いて若者からのメッセージ。今年は四日市工業高校1年の新田亜依さん。彼女は中学生の頃から四日市公害に関心をもち、四日市公害と環境未来館や「市民塾」行事に参加をしながら、若者として役割を自覚するようになりました。家族の会からの推薦もあって今回の発表となりました。はきはきとした口調で参加者の共感を呼びました。
 参会者は焼く80名でしたが、マスコミ取材が例年より多いようでした。当日のTVニュースや翌日の新聞が取り上げました。なお地元ケーブルテレビはHPの中の「ストリーミング放送」で1ヶ月間再放送しています。「CTY」で検索して下さい。写真は献花する野田之一さん。12月には87歳になります。

◎「市民塾」10月例会は20日(土)13:30~ 「じばさん三重」2階活動室。

市民塾通信『こちら市民塾』 №187 (8月4日)
四日市公害学習を深めるために
2018 061501367月24日が四日市公害訴訟判決の日であるということは歴史的事実です。この日はほとんどの学校が夏休みに入った頃です。夏休みになると小中学校では「自由研究」という宿題が出されます。子ども達だけでなく保護者にとっても悩みの種になるようです。ということで今の時期「四日市公害と環境未来館」には、親子連れの姿が目立ちます。ノートやカメラをもって熱心に「取材」をしています。解説員がアドバイスをすることもあります。夏休みなので学校単位ではなく個人での学びということになります。四日市の子ども達ならではの学習風景です。
 開館以来3年を経過して見慣れた光景となっています。では「おとな」はどうでしょうか。大学生や研究者の来館はそう多くありません。一つはテーマが「過去」のものとして捉えられていること。そして、この館の現状が「展示場」の域を超えた「資料館」としての機能を発揮し切れていないところにあるような気がします。四日市再生「公害市民塾」は市民団体であり、公の機関ではありませんが経験と情報は豊富です。四日市公害についてより深く知りたい方、ご連絡下さい。現地案内も致します。℡なら090-3151-8971 メールならこのメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。 いずれも「伊藤三男」付けとなっています。
◎ 市民塾8月例会は18日(土)13:30~ 「じばさん三重」2階市民活動室です。

市民塾通信『こちら市民塾』 №188 (8月27日)
新採研で野田さん語る(8月24日)
2018 08240077四日市市内の小中学校新採教職員研修会が「四日市公害と環境未来館」の行事として実施されました。市教育委員会からの委託を受けたものとして開館以来行われています。この日は2階展示場の見学と野田之一さんの講話がありました。野田さんは訴訟の元原告で今も通院を続ける患者さんです。86歳で若干足腰の弱さがありますが、口調はしっかりしていて体験を話してくれました。「漁師がうまい魚を獲って皆さんに喜ばれるように、皆さんもよい子どもを育てて下さい」とのメッセージが印象的でした。また「四日市公害のポイント」ととして「市民塾」伊藤が「語り部」講演。故田尻宗昭さんの言葉「公害は犯罪である」を引用して、単なる環境問題として終わらせないよう。また「公害は人権侵害」であるとの視点も強調しておきました。少しでも心に残ってくれればいいなと思いました。それにしても参加者40余名が男女とも例外なく白黒のフォーマルな服装でちょっとおどろきでした。でも折角の夏休み、研修を課せられる新採の皆さん、御静聴ありがとうございました。

◎ 「市民塾」9月例会について 定例は第3土曜日(15日)ですが、次週「四日市公害犠牲者合同慰霊祭」が開催されますので、その日(22日)に合わせます。 整理しますと以下のようになります。お間違いのないよう時間調整をお願いします。
  9月22日(土)10:00~11:00 「四日市公害犠牲者合同慰霊祭」四日市市北大谷斎場  
       13:30~15:30 「市民塾」9月例会 (「じばさん三重」2階市民活動室)

 

市民塾通信『こちら市民塾』№186 (7月24日)
「四日市公害を忘れないために」(四日市公害と環境未来館」主催行事)(7月21日)
2018 07210255テーマ「一新聞記者のみた四日市公害」。講師の伊藤章治さんは元中日新聞記者。1965(昭和40)年2月から1969(昭和44)年8月までの4年半、四日市支局の新任記者として活動。年齢的には25歳から29歳までというまさに若手のパリパリだった。塩浜コンビナートが本格稼働を開始し、直後から公害患者が続出するという四日市の現実を目の当たりにする。そして1967(昭和42)年2月に公害訴訟提起となる。この間、伊藤さんは一記者という立場を超えるようにして、取材と活動に駆けずり回る。しかし、残念ながら判決の日を迎えるまでに転勤となるが、澤井余志郎さんや他社の記者達と集めた資料を基に『原点・四日市公害10年の記録』をまとめる。刊行されたのは1970(昭和45)年2月だから、既に伊藤さんは四日市にいなかったが、この書は判決直前までの貴重な「記録」として残る。筆名・小野英二。
 21日の講演会では当時の歴史と四日市の今後について、「海辺を取り戻すこと」を主題に話しをされたが、会場との質疑ではかみ合わぬ発言に支配され著作の意義など深めることができなかったのは残念だった。

◎四日市再生「公害市民塾」8月例会は18日(土)です。

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