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 「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座 第5回 満員御礼!

DSCF32864月12日。環境学習センター研修室は溢れんばかり。まさに 「野田節」全開 という講座となりました。参加者は3人掛けで満席。マスコミ入れて60名には届いていたでしょう。室内は熱気で窓も開けたくらいでした。「聞き手」の神長さんとの波長も合って、前半はあっという間に過ぎて10分オーバー。話の中身も実に濃く、生い立ちから始まって磯津の原風景とコンビナートの進出。そしてDSCF3298公害患者となり裁判を経て,小学生相手に「語り部」を続ける現在。時には聴衆の笑いも誘いながら、核心を突く批評精神もちりばめて、ほんとにすごい話だったと思います。
この日の参加者はとんでもない「宝物」を手に入れたということになりましょう。とりわけ「ありがとうの言葉は三途の川を渡るときに言わせてもらいます」のひとことは、聞く方は「やられた~」という感じです。それにしても毎回40~50名の参加、特に今回は最多。若い層や女性の姿も 目立つようになり、この企画をやってよかったなと密かに自賛しております。
◎次回は26日(土)元コンビナート労働者にして市民塾代表、山本氏の登場です。

 2014年4月1日 新年度のスタートです。

DSCF3243人事異動の季節です。四日市市関連でいくつかピックアップしてみます。三浜小学校の閉校に伴う人事では当校の校長(堀さん)が塩浜小学校の校長へと転任です。また塩浜小学校は現校長が転出し教頭は退職で後任は市教委から転入となりました。校歌も変えた塩浜小学校は「気分一新」ということなのでしょうか。さらに四日市市環境保全課の「四日市公害と環境未来館室準備室」は樋口室長を含む5名が留任、3名が転入で計8名+兼務1名という大所帯になりました。いよいよ来年3月オープンまで1年。正念場を迎えます。「しっかり 頼みまっせ~」というところです。4月からは博物館内の現展示物の撤去が始まります。同時に新展示内容の作成にかかります。いっぱい注文をつけましょう。
 「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座 次回からいよいよ「語り部トリオ」の登場です。
12日・野田之一 26日・山本勝治 5月17日DSCF2993・澤井余志郎 と続きます。まずトップバッターは野田さん。公害患者にして訴訟原告ただ一人の生き残り。この機会を逃してはいけません。迫力ある「野田節」にぜひ耳を傾けて下さい。なお会場は最後の7月まで本町プラザ4階 環境学習センターです。無料駐車券も出ます。たくさんお越し下さい。
なお 第9回「特別講座」につきましては、現在アイデアを募集中です。幅広い年代の参加出来る、かつ一人でも多く参加の出来る新鮮なプランを募ります。

「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座4回目は22日(土)です。

谷田さん いよいよ現地「語り部」さんの登場。まずは谷田輝子さんにお願いします。
1972(昭和47)年、四日市公害訴訟の判決がおりた7月24日から一ヶ月半の9月2日、当時四日市市内の小学校4年生だった谷田尚子さんが、気管支ぜんそくの発作により幼い命を落としました。児童生徒では3人目、認定患者全体で69人目の四日市公害による犠牲者となりました。今回の「語り手」である輝子さんはそのお母さんです。現在80歳にもなろうかという輝子さんですが、ジーンズショップの大番頭のかたわら。四日市公害患者と家族の会の代表として毎年の「慰霊祭」をとりしきっていただいています。昨年は三重テレビに大きく取り上げられたり、小学生に語りかけたり元気に行動をしてみえます。公害で我が子を亡くした母親の思い、そしDSCF3190て公害のない社会への願いなど貴重なお話がうかがえます。また「聞き手」として環境学習センターで大活躍の谷崎さんが参加してくれました。老若の「谷・谷」コンビできっと盛り上がることでしょう。午後1時30分、本町プラザ4階にぜひお越し下さい。写真は慰霊祭での谷田さんです。
◎ 四日市市が新しい資料館の「語り部・解説員」募集のための講座を開きました。
15日(土)約30名が応募。午前中の講義と資料見学の後、午後はバスに乗ってのフィールドワーク。塩浜小学校から磯津海岸(野田さんのお話)から公民館前の測定局見学。近くの水産物工場で干物のお買い物付き。さらに北上して霞ポートビルと見どころ満載のツアーとなりました。いよいよ来年3月の開館が待ち遠しくなりました。写真は磯津海岸での野田さんです。

「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座第3回は8日(土)です。
DSCF3121今回の「語り手」は塩浜地区連合自治会長の佐藤誠也さん です。テーマはズバリ「塩浜からみた四日市公害」です。四日市公害訴訟の9人の原告は「磯津」在住ですが、ここは紛れもな塩浜地区内に含まれます。第1コンビナートももともとは「塩浜コンビナート」と呼ばれています。この地域は工場が隣接し今なお騒音や排気ガス、そして災害の危険性にさらされています。異臭も気になります。四日市公害が発生して既に半世紀 が経とうとしていますが、この地域で暮らすことのご苦労を含めて外からではわからな20140302140350いお話を聞かせていただけると思います。さらに「聞き手」としましてCTY(ケーブルTV)の現役キャスターである濱口くみさん に登場願います。夕方の「ニュースエリア便」では歯切れのいいアナウンスで、既にご存じの視聴者の方もみえるかと思います。お二人とも今回の土曜講座のなかでも異色のキャストと思います。主催者としましても非常に楽しみです。また、塩浜関連の古い写真も展示します。是非多数の方のご参加をお願いします。
なお都合により会場が本町プラザ5階(第3会議室) となります。
また無料駐車券が出せませんのでご注意下さい。最初の30分無料で以降30分ごとに140円となります。

DSCF3062DSCF3065「四日市公害を忘れないために」市民塾・土曜講座 第2回 も「大入り」。
「語り手」岸田和矢さん 1967年11月30日 四日市公害訴訟開始を翌日に控えて「四日市公害訴訟を支持する会」を開催し、ようやく支援団体としての「支持する会」が発足。以降判決までの5年間カンパ・署名・動員など、組織の大きさを基盤にして裁判を支えていったのが「支持する会」。
当時、岸田さんは教職員組合の書記長をやりながら組織の立ち上げ・推進に尽力されたのですが、その内部の厳しさは相当なモノがあったようです。特に四日市市民の意識(磯津や原告への偏見)が裁判に対して冷たかったことを振り返っています。前回の野呂さんのお話とつなぎ合わせるとその流れがよくわかりました。結局、四日市公害訴訟が四日市市民全体のものになり得ていなかったこと。そんな中で9人の原告はよく戦ってくれました。支援組織もほとんどが公務員関係の労働組合が主体で、民間の大手組合はそっぽを向いていたこと。岸田さんは当時の新潟・富山・水俣と連動した闘いであったことが勝訴の背景にあることも指摘しました。岸田さんももう79歳、しかし「歯に衣着せない」口調は往年と変わらず厳しい語りでした。これまで「支持する会」はあまり表面に出されてきませんでしたが、その意味でも貴重な講座だったと思います。「聞き手」の田中さんもスライドを交えて興味深い話題を引き出してくれました。ご苦労様でした。参加者はマスコミが減ったこともあって約40名超。新規の方が半分見えました。
次回は3月08日。塩浜地区連合自治会長さんにご登場願います。

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